「殿様」と聞くと、立派なお城に住み、家臣に囲まれて暮らしていた人物を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

ところが、江戸時代の殿様について残された記録を見ていくと、政治だけでなく、酒や女性、家族、家臣との関係など、意外と人間らしい一面も見えてきます。

そんな大名たちの姿を描いたのが、歴史家・磯田道史さんの『殿様の通信簿』です。

この本では、元禄時代の大名たちについて記した「土芥寇讎記(どかいこうしゅうき)」を中心に、さまざまな史料を組み合わせながら、歴史上の「殿様」を身近に感じられるように描いています。

この記事では、『殿様の通信簿』がどんな本なのか、そしてそこに登場する殿様たちについて紹介します。

『殿様の通信簿』とは?

『殿様の通信簿』は、歴史家・磯田道史さんによる歴史エッセイです。

2006年に朝日新聞社から刊行され、その後、新潮文庫から文庫版も発売されています。

本書の大きな特徴は、江戸時代の大名を「立派な殿様」「有名な殿様」として紹介するだけではなく、当時残された記録から、その人物の生活や行動、人柄まで掘り下げているところです。

その中心となっているのが、「土芥寇讎記」という史料です。

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「土芥寇讎記」とは?

「土芥寇讎記」は「どかいこうしゅうき」と読みます。

元禄3年(1690年)時点の全国243人の大名について、家族や系譜、略歴、領地、藩主の行跡や批評などを記した、大名の評判記ともいえる史料です。

現在では、江戸時代の大名について知るための貴重な史料の一つとされています。

面白いのは、単に大名の名前や領地だけを記録したものではないところです。

その人物がどのような人物なのか、政治をどのように行っているのか、家族や家臣との関係はどうなのかなど、人物評価につながる内容も記されています。

まさに、現代の感覚でいえば「殿様の人物評」を読むような面白さがあります。

誰が何のために作った史料なの?

「土芥寇讎記」には、現在でも分かっていないことがあります。

誰が作ったのか、何のために作成されたのかについては、はっきりしない部分が残されています。

そのため、単純に「幕府が作った秘密の大名評価表だった」と断定するのではなく、元禄時代の大名について詳しい人物評価を記した、謎の多い史料として見るほうがよさそうです。

こうした史料をもとに、磯田道史さんがさまざまな資料も組み合わせて描いたのが『殿様の通信簿』です。

『殿様の通信簿』にはどんな殿様が登場する?

『殿様の通信簿』では、歴史上よく知られている人物から、一般にはあまり知られていない人物まで登場します。

主に取り上げられているのは、徳川光圀、浅野内匠頭と大石内蔵助、池田綱政、前田利家、前田利常、内藤家長、本多作左衛門などです。

特に前田利常については、3つの章に分けて詳しく取り上げられています。

それぞれの殿様について、一般的な歴史上の人物としてではなく、残された史料から、その人物の行動や人柄を探っていくところが、この本の面白いところです。

徳川光圀はどんな殿様だった?

徳川光圀といえば、テレビドラマなどの影響もあり、「水戸黄門」のイメージが強い人物です。

しかし、『殿様の通信簿』で取り上げられる光圀は、私たちがよく知っている「名君・水戸黄門」だけではありません。

本書では、光圀について「悪所に通い、酒宴遊興甚だし」と記された史料が紹介されています。

後世に作られた「水戸黄門」のイメージだけでは分からない、別の顔が記録されているのです。

歴史上の人物には、後世の人によって作られたイメージがあります。

『殿様の通信簿』は、そうしたイメージと当時の記録を比べながら人物を見る面白さがあります。

浅野内匠頭と大石内蔵助も登場

『殿様の通信簿』には、赤穂事件で知られる浅野内匠頭と大石内蔵助も登場します。

浅野内匠頭といえば、赤穂浪士の物語の中で語られることが多い人物です。

しかし本書では、赤穂事件だけを見るのではなく、事件以前の浅野内匠頭についても史料から人物像を探っています。

『土芥寇讎記』には、浅野内匠頭について女性関係や人柄に関する評価が記されています。

このように、よく知られた歴史事件だけではなく、「その人物は普段どんな人物だったのか」という視点から歴史を見ることができます。

池田綱政には子どもがたくさんいた?

池田綱政の章のタイトルには、「曹源公の子、七十人おわせし」とあります。

これも、教科書で習う江戸時代とは少し違ったところです。

大名の生活を考えるとき、政治や戦争だけでなく、「家をどうやって存続させるのか」という問題も重要でした。

大名家にとって跡継ぎを確保することは、家の存続そのものにつながります。

『殿様の通信簿』では、こうした大名家の事情も含めて、殿様たちの生活が描かれています。

前田利家と前田利常も登場

加賀百万石で知られる前田家からは、前田利家と前田利常が取り上げられています。

前田利家の章では、織田信長との関係をうかがわせる話が扱われています。

さらに前田利常については、詳しく描かれています。

「家康曰く、其方、何としても殺さん」

「百万石に毒を飼うべきや」

「小便こらえ難く候」

このように、章のタイトルを見るだけでも、一般的な歴史書とは少し違った切り口であることが分かります。

前田利常という人物について、単に「加賀藩の殿様」としてではなく、政治的な立場や人間関係、日常の姿まで含めて描いていることが、本書の特徴です。

殿様は「贅沢な暮らし」だけではなかった

江戸時代の大名というと、

「大きなお城に住んでいる」
「たくさんのお金を持っている」
「家臣に何でも命令できる」

というイメージを持ちやすいと思います。

しかし、実際には大名も「家」を守らなければなりませんでした。

家臣を抱え、領地を治め、幕府との関係を保ち、跡継ぎを確保する。

そのためには、政治的な判断も必要でした。

以前の記事で紹介したように、江戸時代の大名には、政治だけでなく生活そのものにさまざまな負担がありました。

「殿様だから何でも自由だった」というわけではなかったのです。

『殿様の通信簿』を読むと江戸時代が身近になる

歴史の本というと、年号や人物名を覚えるものというイメージがあるかもしれません。

でも、実際の人物の生活から歴史を見てみると、少し印象が変わります。

「この殿様はどんな性格だったのだろう?」

「家臣からはどう見られていたのだろう?」

「家を残すために何を考えていたのだろう?」

そんな視点から見ると、江戸時代が急に身近に感じられます。

『殿様の通信簿』は、こうした「人間としての殿様」に興味を持つきっかけになる一冊です。

『殿様の通信簿』はこんな人におすすめ

『殿様の通信簿』は、次のような人に向いていると思います。

  • 江戸時代の大名に興味がある人
  • 水戸黄門や赤穂事件など、歴史上の人物が好きな人
  • 教科書とは違う歴史の話を読んでみたい人
  • 大名の暮らしや人間関係を知りたい人
  • 磯田道史さんの『武士の家計簿』が面白かった人
  • 歴史の専門書より、人物エピソードから楽しみたい人

特に、磯田道史さんの『武士の家計簿』を読んで面白いと思った人なら、江戸時代の人々の「実際の暮らし」に注目するという点で、興味を持ちやすいのではないでしょうか。

まとめ 「殿様」を知ると江戸時代がもっと面白くなる

『殿様の通信簿』は、江戸時代の大名たちを、後世に作られたイメージだけではなく、残された史料を手がかりに見ていく歴史エッセイです。

中心となる「土芥寇讎記」には、元禄3年(1690年)時点の全国243人の大名について、家族や経歴、領地、行跡、評判などが記されています。

その一方で、「土芥寇讎記」自体には作者や作成目的など、まだ分かっていない部分もあります。

だからこそ、史料に書かれた評価をそのまま「本当の人物像」と決めつけるのではなく、当時の人々がその殿様をどのように見ていたのかを知る手がかりとして読むと、より面白いのではないでしょうか。

水戸光圀、浅野内匠頭、前田利家、前田利常など、よく知られた人物についても、教科書とは違った一面を見ることができます。

「殿様は毎日どんな生活をしていたのだろう?」

そんな素朴な疑問から江戸時代を見てみると、歴史が少し身近に感じられるかもしれません。

『殿様の通信簿』を読んでみたい方はこちら