江戸時代の「大名」と聞くと、立派なお城に住み、たくさんの家臣を従え、毎日ぜいたくな食事をしている姿を想像するかもしれません。

私も最初は「殿様なんだから、かなり優雅な暮らしだったんだろうな」と思っていました。

でも調べてみると、大名の生活は単純に「お金持ちでぜいたく」というだけではありませんでした。

領地を治める仕事があり、家臣を抱え、江戸と領地を行き来し、幕府との付き合いもあります。

しかも「○万石の大名」と聞いても、その金額をそのまま自分のお小遣いのように使えたわけではありません。

今回は、江戸時代の大名が

  • どこで暮らしていたのか
  • 普段は何をしていたのか
  • どんな食事をしていたのか
  • 家臣をどのくらい抱えていたのか
  • お金は本当にたくさんあったのか
  • 妻や子どもはどこで暮らしていたのか
  • 参勤交代はどれくらい大変だったのか

などを調べてみました。

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江戸時代の「大名」とは?

まず、大名とはどんな人だったのでしょうか。

江戸時代には、一般に1万石以上の石高を持つ武士が大名とされていました。

ここで注意したいのが「石高」です。

「1万石=現金1万両」のような単純な金額ではありません。

石高は、もともと土地からどの程度の生産が見込まれるかを米の量で表したもので、領地の規模や知行、軍役などを考える基準にもなっていました。

つまり「10万石の大名」と聞いたときには、

「毎年10万石のお米をそのまま現金化して、殿様が自由に使える」

という意味ではありません。

大名には領地を治めるための費用や、家臣を養うための費用なども必要でした。

以前の記事で「江戸時代の武士の給料」について調べましたが、大名になるとさらに大きな規模で家臣団や領地を維持していく必要があったわけです。

大名はどこで暮らしていた?

大名の生活を考えるとき、「お城に住んでいた」というイメージがあります。

もちろん領地には城や城下町があり、そこが大名家の政治的な拠点でした。

しかし江戸時代の大名にとって、もう一つ重要だったのが江戸の大名屋敷です。

参勤交代の制度によって大名が江戸と領国を行き来するようになると、江戸には多くの大名屋敷が置かれるようになりました。

大名屋敷は、単なる「殿様の家」ではありません。

大名本人だけでなく、家臣や家族なども関わる、いわば大名家の江戸での活動拠点です。

現在の東京でも、江戸時代の大名屋敷跡が各地に残っています。

江戸の大名屋敷について調べると、参勤交代が江戸という巨大都市の形成にも関係していたことが分かります。

大名は毎日何をしていたの?

では、殿様は一日中何をしていたのでしょうか。

「家臣に囲まれてのんびりしていた」というイメージもありますが、実際には大名家にはさまざまな仕事がありました。

領地にいるときには、藩の政治や財政、家臣団の管理、幕府との関係など、大名家を維持するための仕事があります。

もちろん大名本人がすべての実務を一人で行っていたわけではありません。

家臣にはそれぞれ役割があり、大名を中心とした組織として藩が運営されていました。

国立公文書館の資料を見ても、江戸時代が進むにつれて大名には単なる武将としてだけではなく、領地を治める領主としての役割が求められるようになっていったことが分かります。

戦のない時代になると、「強い武将」であることだけではなく、領地をどう治めるかという能力も重要になっていったのです。

大名の食事はどんなものだった?

「殿様の食事」と聞くと、豪華な料理が何品も並ぶ食卓を想像してしまいます。

実際、大名家には「御献立」と呼ばれる食事の記録などが残されており、当時の大名の食生活を知る手がかりになっています。

ただし、

「江戸時代の大名は毎日ものすごく豪華な料理を食べていた」

と一括りにするのは少し危険です。

時代や大名家、行事や身分によって食事の内容は異なります。

特別な行事や接待のときには格式に合わせた料理が用意される一方、日常の食事まで毎回同じように豪華だったとは限りません。

大名の食生活を調べると、単に「昔のお金持ちの食事」を見るというより、当時の身分制度や儀礼、季節の行事などまで見えてきます。

大名にはたくさんの家臣がいた

大名一人だけで広い領地を治めることはできません。

大名家には多くの家臣がいて、それぞれに仕事がありました。

政治や財政に関わる者、警備や軍事に関わる者、江戸屋敷の仕事をする者など、大名家を維持するためには多くの人手が必要です。

そのため、大名の「石高」を考えるときには、殿様個人の収入だけを見ることはできません。

大名家の収入と支出を考える必要があります。

家臣を抱え、領地を治め、江戸屋敷を維持し、参勤交代を行う。

こう考えると、「10万石だからものすごく自由にお金を使える」というわけではなかったことが見えてきます。

大名は本当にお金持ちだった?

では、大名はお金持ちだったのでしょうか。

身分や領地の規模を考えれば、庶民や一般の武士とは比べものにならないほど大きな経済基盤を持つ大名もいました。

一方で、その収入をすべて大名本人が自由に使えるわけではありません。

藩を運営するための費用、家臣への給与、江戸屋敷の維持費、儀礼や贈答、参勤交代にかかる費用など、さまざまな支出があります。

しかも藩によって経済状況は違います。

石高が大きいから必ず財政が豊かだった、とも言い切れません。

大名の財政を調べると、「殿様はお金持ち」というイメージだけでは分からない、かなり複雑な事情が見えてきます。

大名は江戸と領地を行き来していた

江戸時代の大名の生活を語るうえで欠かせないのが参勤交代です。

寛永12年(1635)に出された武家諸法度では、大名が江戸と領国を交替して参勤することが明文化されました。

現在の感覚で考えると、

「仕事のために、家臣を大勢連れて江戸と地元を毎年行ったり来たりする」

ということになります。

しかも大名行列には多くの人が付き従いました。

実は、この人数についても興味深い記録があります。

寛永12年の武家諸法度では、参勤に付き従う人数が近年非常に多くなっており、国や人々の負担にもなっているため、身分相応に減らすよう命じています。

これは意外なところではないでしょうか。

大名行列というと、

「殿様だから、できるだけ大人数で豪華にする」

というイメージがあります。

ところが幕府側からは、行列の人数が増えすぎること自体が問題視されていたのです。

妻や子どもはどこで暮らしていた?

大名本人だけでなく、家族の暮らしも気になります。

江戸時代には、大名の妻子が江戸に住むことと参勤交代の制度が深く関係していました。

国立国会図書館のレファレンス資料では、寛永11年(1634)に譜代大名の妻子を江戸へ移すよう命じたことなどが確認されています。

そのため、大名が領国へ帰っている間も、妻子が江戸の大名屋敷に残っているという生活が生まれました。

つまり大名家にとって、

「江戸の屋敷」と「領国の城」

という二つの生活拠点が重要だったのです。

大名の暮らしを考えるときには、殿様本人だけではなく、家族や家臣まで含めて考える必要があります。

大名の暮らしは「ぜいたく」だけではなかった

ここまで調べてみると、大名の暮らしについて最初に持っていたイメージが少し変わってきます。

もちろん、大名は江戸時代の身分社会の中では非常に高い立場でした。

大きな屋敷を持ち、多くの家臣を従え、格式のある生活を送っていました。

しかし、その立場には責任もありました。

領地を治める。

家臣を抱える。

江戸屋敷を維持する。

幕府との関係を保つ。

参勤交代で江戸と領国を行き来する。

儀礼や付き合いにも対応する。

そして、それらには当然お金がかかります。

そのため、大名の暮らしを一言で表すなら、

「ぜいたくだけれど、自由気ままな生活ではない」

という表現のほうが近いのかもしれません。

※「江戸時代の大名についてもっと知りたい人へ」

→ 『江戸時代の暮らし方「もしも?」の図鑑』はこちら

→ 『歴史道 Vol.46 江戸三百藩の暮らし』はこちら

実際の「殿様」はどんな人物だったの?

ここまでの記事では、「大名」という身分や生活の仕組みについて見てきました。

でも、ここまで調べると別の疑問も出てきます。

「では、実際の殿様ってどんな人だったの?」

同じ大名でも、性格や行動、家臣との関係、藩の治め方は当然それぞれ違います。

そんな「実際の殿様」に興味がある方には、磯田道史さんの『殿様の通信簿』も面白いと思います。

この本については、以前の記事「磯田道史のおすすめ本5選」で紹介しています。

大名の暮らしそのものだけでなく、「殿様たちは実際にはどんな人物だったのか」というところまで知りたくなったら、そちらの記事も参考にしてみてください。

磯田道史のおすすめ本5選|初めて読む人にも読みやすい代表作を紹介|kimamani awesome days

江戸時代の大名の暮らしを調べて分かったこと

今回、大名の暮らしを調べてみて一番面白かったのは、

「大名=ぜいたくな生活」

だけでは説明できないことでした。

大名には大きな権限がある一方で、領地や家臣を維持する責任があり、幕府との関係にも気を配らなければなりません。

そして参勤交代によって、江戸と領国を行き来する生活を送っていました。

大名屋敷や参勤交代、家臣団、食事、財政などを一つずつ見ていくと、「殿様」という言葉だけでは分からない江戸時代の暮らしが見えてきます。

江戸時代の武士について調べていくと、身分によって生活がかなり違っていたことも分かります。

「武士の給料はいくらだったの?」

「大名はどうやってお金を使っていたの?」

といった疑問から調べていくのも、江戸時代を知るきっかけになりそうです。

さらに「大名の暮らし」ではなく「殿様自身」に興味を持った方には、磯田道史さんの『殿様の通信簿』もおすすめです。